レシピ公開にあたって

お客様に「全てレシピを公開しても大丈夫なの?」とよく聞かれます。
同業者の中でも「当店(ウチ)のタレは”門外不出の極秘のタレ”」と
レシピを秘密にする方もいらしゃいます。
その方にとっては「この味は、誰にも真似されたくない」
「何年も掛けてやっと見つけ出した味をそんなに間単に、教えるわけには
行かない」と考えての事だと思います。

では、当店はどうして公開するのでしょうか。
私はレシピについて、こう考えます。
レシピは料理の中のほんの一部にしか過ぎないと。
それを聞かれて「ん?」と首を傾げる方もいらしゃるでしょう。

では、ここで味噌を例に挙げて、ご説明致しましょう。
自家製の味噌作る時、原料は麹、大豆、塩の三つしか使いません。
それを、レシピ通り作ればみんな同じ味の味噌が出来るか、と言えば
事は、そんなに単純ではありません。

麹一つとっても、実は麹屋さんによって味が全て違うのです。
それは、店それぞれの麹菌が違うからです。
また、麹菌を付ける米もピンからキリまで有ります。
どこの米を使って、どの麹屋さんにお願いするか、そのときの麹の出来栄えは
どうか。その度に出来栄えも微妙に違ってきます。

大豆にしてもそうです。
国産の大豆を使うのか、輸入物を使うのか。国産を使うとしても産地は
何処にするのか。銘柄は何にするのか。
その銘柄は、味噌を作るのに適しているのか。
採れた時期は昨年の物か新物か。

塩も数多くの種類から、どのメーカーが自分の目指す味に適しているのか。
実際食べてみて、狙い通りの味になっているのか。

次は熟成させる温度です。
味噌を仕込む樽は酒樽にするのか、陶器の壺にするのか
ビニールバケツにするのかでも、季節の熱の伝わり方に違いが出てきます。
その保存場所は、日の当たらない家の北側に置くスペースを確保できるか
風通しはどうか、などの条件で温度差が生じて来ます。

仕込む時期は、10月から3月の(寒仕込み)いつにするのか。
一回目は早めに仕上げたいから、塩を控えめにして、麹を一割り増しにしてみようか。
(塩と麹の割合で仕上がる時間が違ってきます)
二回目は標準に。
三回目は仕上がりを遅らせるのにどの位、塩を足して、麹の割合をどの程度
少なくするか。(当サイトのレシピは一番基準となるレシピを公開しています)等、
たった三つの原料でも組み合わせは数え切れないほどあるのです。

ポテトサラダも、レシピは同じであっても、年間を通して同じ味を提供するのは困難です。
ポテトの産地は季節によって九州から北海道へと移って行きます。
春先に出る九州産の新ジャガから始まり、日本列島を桜前線を追って北上し
秋の収穫を迎える北海道迄へと辿り着きます。
種類ば代表的な物だけでも男爵芋、北あかり、メークイーン等が有ります。

収穫したばかりの芋が美味しいかと言うと、これもまた違い、室(むろ)において適度の水分が
抜けると甘みが出てきます。その甘みはポテトサラダを作る時には最も適しています。
その他にも、その年のポテトの出来栄えでも味を左右するのです。

ワイン等はその典型といえます。
その年のブドウの出来で、味が大きく左右される事は周知の通りです。
ブドウの出来の悪い年に、どんなに熟練した職人が仕込んだとしても
素材のマイナスの穴を埋めることは出来ないのです。

食材にはそれぞれ、旬があり、種類があり、産地があり、同じ産地でも
土の違いや、水はけの良し悪し、また作る人によっても味に違いが出てきます。
勿論、その年の出来栄えは、言うまでもありません。
「美味しんぼう」のモデルになった、大正から昭和に掛けて、食の一つの文化を
築いたと言われる”北王路魯山人”も「料理は八割は素材で決まる」と明言しています。

食材だけではありません。
それに加えて、ソースなどを仕込む時、鍋が違っても味に違いが出てきます。
アルミの鍋か、鉄鍋か、ステンレス鍋、ほうろうの鍋か、赤鍋か、またなべ底の厚さに
よっても、火の伝わり方、それによって火加減も違ってきます。

ハンバーグに入れるみじん切りの玉葱にしても切れる包丁かそうでないのかも
微妙に味の違いが出て来ます。

つまり私が考えるレシピとは
音楽で言うところの楽譜のような物だと考えます。
楽譜の中には多くの情報が詰まっています。
ここはフォルテだから強く、そしてスタッカートは歯切れよく、タイが架かっていたら
滑らかに。しかし弾く人によって、同じ楽譜の曲でもそれぞれ違って聞こえます。
それは、その人の経験の深さ、曲の解釈、その人の人柄、更には品格までも
曲に現れて来ます。

私は、皆様に単に楽譜をお見せしているに過ぎないと考えています。
その楽譜を見て、その人がどの様に表現するか、どう奏でるかは
その人の今まで積んできた経験であり、味に対する思いの深さであると思います。
味を決めるのはレシピではなく、最終的には作る人の真心ではないでしょうか。

どうぞお好きなレシピをお選び下さい。

                          
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